カテゴリ:所長の研究日誌( 178 )

これはなかなか・・・


これは今、なかなか使える・・・のか?
もっと節電したくなる!? 「電力状況」

良さげだけど、ちょっとイマイチ使い方が分からん。使ってみたいけど。


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by robita00 | 2011-04-15 00:14 | 所長の研究日誌 | Comments(0)

えがちゃん・・・



あの話、やっぱり本当だったのね・・・

「江頭2:50のピーピーピーするぞ!」第135回

実はまだ見てる途中だけど。でも、本当だったようですね、素晴らしいぞ、えがちゃん!


更に14分まで見ました。話し方面白いよな~、サイコー。
また、みんなの声がウケるw ニコ動ってほぼ見ないけど、この形式は当たりだよな~っていっつも思う。見づらいけどね( ̄▽ ̄;)


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by robita00 | 2011-04-03 08:36 | 所長の研究日誌 | Comments(0)

東日本大震災のこと ≪もろもろ≫


震災が起きてから今までの間、色々な方の色々な発言をtwitterやニュースなどで見かけたのですが、中でも心に残ったものを紹介しておこうと思います。


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まずはこちら。今回の中で、ボクの心に1番残った文章でした。
ちなみに震災の3日後に出ていたものです。


被災者の役に立ちたいと考えている優しい若者たちへ
      ~僕の浅はかな経験談~



阪神大震災が起きたとき、僕は高校3年生で、しかもセンター試験の翌日だった。
遠くから沢山のトラックが走ってくるような、不気味な音が夢うつつに聞こえ、気がつくと家全体が揺れていた。父親にたたき起こされて玄関を開け、ガスを閉めてTVをつけると、阪神高速が崩壊していた。家が揺れた恐怖と、テレビの実感の無さと、街中の静けさが記憶に残っている。

その日は登校してセンター試験の自己採点を行い、二次試験のための面談をしなければならなかった。僕は迷ったが、結局自転車で出発した。大阪城の堀から水が溢れ出していた。

学校に着くと全てがいつもどおりで、来ていない生徒もいたが、先生は特に何も言わなかった。粛々と自己採点し、粛々と面談が行われた。僕達の仲間で三宮と西宮に住んでいる友人がいたのだが、さすがに登校はしていなかった。昼休みに仲間3人で、二次試験が終わったらボランティアに行こうと話をしていた。

下校時刻になって、担任の物理教師がおもむろに話しだした。
「今回の震災で我校の教師や生徒も被災者となり、登校できない人がいます。センター試験が終わり、受験生としての役目を終えた人もいると思います。あなた方の中には、正義感や義侠心に駆られて現地に乗り込む人もいるでしょう。それは間違ったことではありませんが、正直に言えば、あなた方が役に立つことはありません。それでも何かの役に立ちたいという人は、これから言う事をよく聞いてください。

まず食料は持って行き、無くなったら帰ってくること。被災地の食料に手を出してはいけません。
寝袋・テントを持っていくこと。乾いた床は被災者のものです。あなたがたが寝てはいけません。
作業員として登録したら、仕事の内容がどうであれ拒否してはいけません。集団作業において途中離脱ほど邪魔なものはないからです。
以上の事が守れるのであれば、君たちはなんの技術もありませんが、若く、優秀で力があります。少しでも役に立つことがあるかもしれない。

ただ私としては、今は現地に行かず受験に集中し、大学で専門的な知識や技術を身につけて、10年後20年後の災害を防ぐ人材になって欲しいと思っています。」

言葉の端々は忘れてしまったが、教師が言いたかったことは今でもはっきり憶えている。

結局僕たちは、物理教師の言ったとおり、なんの役にも立たなかった。
配給のパンを配って回ったり、お年寄りの移動に付き添ったり、避難所の周りを掃除したり、雑用をさせてもらったが、持っていった食料は5日で尽きた。風呂には入らなかったが、寝るところは防犯上困ると言われて避難所の中で寝た。生活のインフラ整備や瓦礫除去作業は、消防や自衛隊があ然とするくらい力強く、迅速に問題を解決していった。僕達の存在は宙に浮き、遊び半分で来たボランティアごっこのガキ扱いをされていた。実際手ぶらで現地に入って、汚い仕事を嫌がるような若者はたくさんいたし、そういうグループと僕達が、能力的に大きな差があったかというと、とてもそうとは言えなかった。
僕達が現地で強く学んだことは、「何かして欲しい人」がいて「何かしてあげたい人」がいても、事態は何も前進しないということだった。人が動くためには、「人を動かす人」が必ず必要になる。社会人なら常識として知っている事さえ、僕たちは知らなかった。

僕達は現実に打ちひしがれて現地を離れ、浪人を経て京都の大学生になった。そして被災地への情熱も無くなっていった。結果的に僕達の正義感は、ハリボテだったのだ。正直に告白し、反省する。僕たちは、神戸への気持ちを、たった一年間も持続させる事さえできなかった。

今回の震災で、被災した人の役に立ちたい、被災地のために何かをしたい、と感じている若い人達がたくさんいると思う。でも慌てないで欲しい。今、あなた方が現地で出来ることは、何一つ無い。現地に存在すること自体が邪魔なのだ。今は、募金と献血くらいしか無いだろう。それでも立派な貢献だ。胸を張って活動して欲しい。
そして、是非その気持を、一年間、持ち続けて欲しい。もしも一年経って、あなたにまだその情熱が残っているなら、活躍できるチャンスが見えてくるはずだ。仮設住宅でのケアや被災者の心の病、生活の手助けなど、震災直後よりも深刻な問題がたくさん出てくる。そういった問題を解決するために、NPOなどが立ち上がるだろう。その時に初めて、被災地は「何も出来ないけど何かの役に立ちたいと思っている、心優しいあなた」を必要とするのだ。もしかするとそれが、あなたの一生を変える大きなきっかけになるかもしれない。

結局僕は紆余曲折を経てGISの技術者になり、専門分野は違っても、多少なりとも防災の分野に寄与できる立場に辿り着いた。あの頃よりも、少しは人の役に立てるようになったんじゃないかなと考えている。


これはchodoさんという方ののブログで書かれたものだったのですが、既に削除されてしまっているようなので、ここに転載させていただきました(文章の引用・コピーは自由との事でしたので)。

そして、削除されてしまった理由として、「現地ボランティア自体を否定している」、「募金の方が現地ボランティアよりも崇高であると言っている」という誤解がありえる事、そしてそれが今後のボランティア行動全体に水を差してしまう危険性を感じた、という事を挙げられていたようです。
ボクは全然そういう風に感じなかったし、生半可な気持ちでは却って邪魔になってしまうということを知る事は、行こうとしている人にも、受け入れる人にも、どちらにも意味深い経験談だったと思うのですが・・・
「浅はかな~」というのも、ご自身の事についてであるのは明白であり、ボランティアに参加する若者全体を指したものでは決して無いし。

ボクも若くて熱意と時間がある頃であれば、もしかしたらですが行動をしていた「かも」しれません。が、あくまでもボクの場合はなのですが、やはりそこには「安易」な考えがあったろうと、この文章を読んで思いました。

ただ、chodoさんも下記の追記で書かれているとおり、「このエントリーはボランティア自体を否定したものではなく、どうせならより効果的な 参加方法を、冷静に模索して欲しいという趣旨であった」こと、そして、そういったことを全て踏まえた方であれば、是非参加してもらえればと思います。
人任せで申し訳ないっすけど・・・

何にせよ、非常に心に残る文章でした。息子がもう少し大きければ絶対に読んでもらうとこだけどなー。まぁいつの日か読ませよう。

最後にchodoさんの書かれた追記を記しておきます。

引き続き文章のコピーや引用は、それぞれのご判断にお任せいたしますが、
ただ、できましたらご活用の際は、
・このエントリーはボランティア自体を否定したものではなく、どうせならより効果的な
 参加方法を、冷静に模索して欲しい
という趣旨である事を補足していただけるとありがたいです。
         
願わくばこのエントリーを読んで、少しでも多くの若者達が、
僕が挫折したボランティア活動の続きを経験し、苦しみの中に多くの成長と喜びを
得られますよう、また一日もはやく被災地に明るい朝がやってきますよう
心からお祈りしています。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


次はこちら→被災地へ

これは、東京の病院に勤務されている看護師の方が、災害対策支援医療チームのメンバーとして被災地へ向かい、そこでの経験を記されたものです。


   どんどん増えていく被害状況や泣いている人を見て自分には「今」何が出来るか
   何をすべきかあの地震の日からずっと考えていました。

   この仕事をしている以上、きっと何か出来るんじゃないかとずっと思っていて
   オファーが来たときは「これだ!」と思いました。

と始めに記されれているのですが、もうそう思って行動できる時点で、ボクなんかからしたら素晴らしいと思うのですが、行って、見て、行動して、そして少なからず挫折感も感じて、そういった諸々を綴ってあります。
決して短くは無いですが、お時間のあるときに是非みていただきたいと思いました。


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次はこちら→電気グルーヴからのお知らせ。

もう、あとボクたちが出来ることはこういったことですね。
著名な方は、こういったファンがシビれるようなことをしていただければいいなーと思いました。


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今回の事では海外からも、大きな支援が→台湾の番組・・・

本当にありがたいことです。まさに善意の塊ですね。


なのに、「何で???」な事も幾つかあったりして。例えばこれ、「恩返しをしたい」の思いが宙に…

何か申し訳ない・・・し、ホント、もう、なんか恥ずかしい・・・。


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こーゆーのもあったり→救助犬について

・・・かわいい。


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原発に関しては→1970年・・・

・・・大丈夫かなぁ。ホント。


そして→これも

・・・確かに、と言わざるを得ない。


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まだまだ、放射能の問題含め、色々と解決しなければらない事だらけ。
でも、彼方の光を目指して。

「15才の君へ。」

これは、阪神淡路大震災から15年、関西電力株式会社の去年のCMらしいのですが、復興へ向けてまだまだ時間はかかるとは思いますが、その足がかりになればという想いも込めて。


   「君がいたから、前を向けた。」

   「君がいたから、頑張れた。」

   「君がいたから、泣くのをやめた。」


   「君たちこそが、希望の光。」

父親になってからは、こういうの、かなりヤバいですね。泣きそうになってしまいます。
曲も合ってていいですよね~。

是非、国を挙げて復興の道を!希望の光を消さぬように!

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by robita00 | 2011-03-31 11:26 | 所長の研究日誌 | Comments(2)

東日本大震災のこと


まだまだ被災地の方には物資もガソリン・灯油も水も電気も行き渡っておらず、こちらでも計画停電が行われている状況ではあります。ヨメさんの実家が宮城ということもあり、山側で酷くはないものの少なからず被害を受け、またこのネットの世界でも知り合いになった方が一旦は無事の書き込みはあったものの、その後のアクションが無いので大丈夫なのか心配なところ・・・

と、書いている今も、震度5強の余震が3回も東北・北関東で起こり、こちらも揺れていますが・・・

そういった状況の中、自分を含めたウチの家族も、募金や節電や無駄な買占めをしないなど、ホントやってる「つもり」レベルではありますが行っています。

で、ブログやtwitterも控えていましたが、一旦通常運転に戻そうかな、と。もちろん、まだまだ原発の問題だってあったり上で書いたように問題も依然残ったままなので回復というには程遠い状況であるのですが、それでも少しずつ、ホントに少しずつではあるけれど状況は改善していて。
節電などは継続してやりますが、そういった意識を持ちながら少しずつね、戻していこうかと。

ま、自分のやってることなど小さ過ぎなので、普通にしようがしまいが変わりないといえばそうなのだけれど、その小さな集合が今の大きな流れを作っているわけですからね、侮ってはいけません。


で、まずは備忘録というか今後のためにも、今回の地震で起こった自分の周りのことを記しておこうと思います。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

3/11。
地震当日はたまたま休みで家におりまして。twitterなんかやりながらヨメさんと家にいました。
ちょっともう記憶がとんでますが、「ドーン!」という縦揺れでなく、横揺れから始まったような記憶・・・。ヨメさんがパニックになりながら玄関扉を開けに行く中、ボクはCD棚を押さえながら「デカイね!机の下に隠れて!」って言ってたような・・・「すごい落ち着いてたね~」って後から言われたけど、こう考えると自分も結構パニックだったのだ。お前こそCD棚押さえてないで隠れろって。ホントに揺れたらあんなの押さえられないって。

一旦やんだので外に出ると、マンションの同じフロアで家にいた人はみんな出てきてて。「デカかったですね!」「怖い!」と言う声の中、ニュースではこちらが震度5強だったことに加え、「震源は東北」とのアナウンスが。こっちで震度5強だったのに、じゃああっちはどんなだったのかと震撼。ヨメさんの実家が宮城ということもあり、慌てて電話するも全く通じず。何度か余震もあり、小学校に行っている息子も心配だったりして、歩いて5分の学校に見に行こうかどうしようかとぼんやり途中の駅前まで歩いていたところでまた大きな地震!外にいてあんなに地震を感じるとは!ってほど。駅前の10mほどのオブジェが倒れてくるんじゃないかと思うくらい揺れ、隣に止まっていた保育園のバスもめちゃくちゃ揺れてた。

収まった後、「これはマズイな!」って学校に慌てて向かう。途中、会社からも人が出てきたり、駅のスポーツクラブからもガウンに身をまとった人がわらわらと出てきて、避難所にもなっている小学校に一緒に向かう。
全くの偶然にも、集団下校をする予定だった子供達は既に外に出ていて校庭中央に集合、防災頭巾をかぶりしゃがんでいて、その後方に避難してきた人たちがいる状況。すぐに3年生のところを探すと息子もこちらを見つけて手を振っていた。良かった、無事で。って、避難場所に指定されてるくらいだから、古い校舎とはいえ地震に備え補強もされているここが1番安全か。

学校側も30分ほど様子を見た後、集団下校ではなく、アナウンスをして父兄がそれぞれ連れて帰ることに。家着のまま出てきたボクは2人を置いて家に帰るのも心配だったので、寒さに震えながらもその時を待つことに。スポーツクラブから出てきた人の中にはシャンプーの途中で出された人もいて、多分その人とボクは風邪ひいた。
でも、その待っている間に、通話は出来なかったものの宮城のお義父さんから無事のメールが届き、まずは一安心。

しかし・・・家に帰ってニュースをずっと見ていると本当に「未曾有の」大惨事だったことが次々と。阪神淡路大震災の時の衝撃は今でも当然憶えてる。1,000人単位で死亡者が増えていく事に戦慄し、まるで空爆に遭ったかのような街の風景に驚愕。火災によって被害があれほどまでに広がった事は皆の心に確実に残ったはずで、その経験が次に活かされるであろう事から、これ以上の大惨事は生きている内には無いであろうと確信していたが・・・

ただの地震であったならこれほどの事は無かったはずで。火災についても時間帯を考えればあの震災以上の被害はあるはずがない、と思っていたけれど。亡くなった方は既に今の時点で阪神淡路大震災を超えてしまっている。建物の下で助けを待つことの出来た人たちがいたとしても、その空間全てを水が覆ってしまった。

津波。
いつも地震の後、津波警報が出ても「って言っても、到達しても30cmとかでしょ?」って思ってた。ちょっと前にスマトラ沖地震で津波の大きな被害を聞いていたのにもかかわらず。
昔の日本にもそういった津波の被害はあって、当然その対策もされているので、今は津波での被害は無いって勝手に思ってた。でもそれはナメ過ぎだった。
幾つもの映像でみた今回の津波は、今まで自分が想像していた「30cmの津波」でも「映画のようなビッグウエーブのような津波」でもなく、ただただ圧倒的な力を持った水の塊でした。堤防をまるで巨大なバスタブからお湯を溢れさせたような感覚で乗り越え、まるでゴミのように車や家を流していくその圧倒的なパワーは、ボクに「ウソでしょ・・・?」を連発させました。

「街が壊滅状態」。夜に流れたその想像もできないような大げさと思える情報は、明るくなって街が見えるようになると、全く、1mmも盛ることの無い、正確な情報であったことを認識させたのでした。

それに比べれば全くどうでもいいくらいの話ですが、都内では電車がストップ、出勤していた会社のメンバーも研修や営業で都心に出向いていたも、帰宅には何キロも歩いて帰ったとの事。関東では供給電力が不足し大規模停電の可能性があるため、計画停電という施策を行わなければならないほどの状態になっています。

そして、原子力発電所における事故。多分、これが1番世界的にも大きなことなんでしょう。
でも、ボクにとっては今のところ、地震や津波での衝撃が強すぎてそこには意識が強く向いていないというのが正直なとこで。
ただ、そこで頑張ってくれている東電の方、自衛隊、消防隊、警察の方々には本当に頭が下がる。正に身を投げ打って日本という国のために、この国に生活する全ての人のために頑張ってくれているのだ。彼らにこそ、最大の支援をすべきですね。ホント。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ちなみに、ヨメさんの実家周辺は、やはり電気、ガス、水が止まってしまったようなのですが、プロパンガスだったことで、都市ガスが止まっても食事などは作れたようで。それに今回は水も出なかったので関係はないのですが、お風呂も薪など燃やして沸かすお風呂だということを考えると、古い生活っていざというとき強い!
もちろんそれだけでは厳しいと思うけど、バランスですかね。例えばオール電化の家とかって、こういう時キビシイ?とか思っちゃうし。

とりあえず、憶えてるの忘れないようにって書き(打ち)連ねたので、とりとめもなくなってしまいましたが、ここからの復興を、国を挙げて取り組む、そのことの一助となれるよう、ボクも引き続き出来る事を出来るだけやっていこうと思っています。


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by robita00 | 2011-03-23 09:02 | 所長の研究日誌 | Comments(3)

中村一義 『最高宝』についての続報。


先日、曲目が発表になったのですが、今度は選曲者の発表がありました。→コチラ

というわけで、まだ誰が何を選んだのかは分かっていないのですが、予想してみたり。

まずはマサムネ君。彼はナカムラ君がデビューしたての頃、HPで気に入っているような発言をしてくれたとずっと前に聞いたことあるので、多分初期の曲だろう。ということで、予想はズバリ〝ここにいる〟

次はくるり岸田君。彼はナカムラ君とはレーベルメイトだったということもあり、『ERA』のこの曲でギターも弾いている。そう〝ショートホープ〟だ!・・・でも、自分が参加した曲、入れるかなぁ・・・やっぱり、この曲を発表したときも絶賛してたんで、〝セブンスター〟に変更!

続いて佐内さん。ボクが生涯で1番好きなジャケ、『金字塔』のジャケ写はご存知の通り、この方。その他、やまほどナカムラ君とからんでいる佐内さんは、以前〝街の灯〟が好きだと言っていた。が、今回の曲目から漏れている。
となれば、ここは王道〝犬と猫〟ではないか、と。

横浜聡子さんは当然、最近のアルバムであろう。
〝モノアイ〟あたり、かな?

曽我部さんは、うーん、昔の選びそうな・・・〝笑顔〟、うん、これだな!

・・・あれ?21曲あるのに、21人で選んでる。いや、普通ならいいんだけど、新曲と未発表曲があるのに?はて??

となると、未発表曲はかなりナカムラ君と濃い関係にある人でないと有り得ない、か。おぉ、ならば、〝最高〟は、この人しかいない、高野寛さんだ!

あと、堂島くんはポップスターだから、〝ピーナッツ〟っぽい!

御大、佐野元春氏はどれだ!?うーん、〝ジュビリー〟か、〝キャノンボール〟、とか?


うーん、あとはわからん。つって、やめちゃったり (-ω-;)

まぁ、これが全部当たってたら、誰かなんかください。

それにしても、ボクがナカムラ君で大大大好きな曲、〝永遠なるもの〟と、ボクがナカムラ君で1番好きな曲、〝主題歌〟は誰が選曲したのかなぁ・・・


※ なかなか有力な情報が入ったので追記

オリラジのあっちゃんは、ラジオでかけていたとの事なので、〝セブンスター〟BBBの小出クンは、ライブのSEで使っていたとの事なので、〝キャノンボール〟、という意見にボクも乗っかりマス!

なので、迷っていた二人はそれぞれ、くるり岸田君〝ショートホープ〟佐野氏〝ジュビリー〟ということになります、ウチの予想では。

そして、さらに有力情報。
FPMのremixアルバムに〝Q&A〟が入っていたそうで。なら、FPM田中氏〝Q&A〟でしょう!

そして、さらにさらに有力情報!
世界のナベアツ氏は、以前〝永遠なるもの〟をインタビューで推していたそうな!はい、これ決定!


よし、結構出来上がってきたぞ。残るピースはそう多くは無い。


・・・発表、まだかな?


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by robita00 | 2011-02-22 23:04 | 所長の研究日誌 | Comments(0)

中村一義 『最高宝』についてのニュース。


いよいよ曲目が発表に→ここ

ボクの中で本当に大好きな曲があれもこれも抜けてるけど、大体が21曲に収まるはずもないのだから、入ってないのがあっても当然、か。

あとは、誰が何を、っていうのが気になるなぁ・・・


で、ツイッター用にUP。

" Yes " - 100s ←うそ!中村一義名義でした!まちがいた!

惜しくも『最高宝』からは漏れてしまったけど、100sになってからとしてはかなり上位の大好きな曲!


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by robita00 | 2011-02-19 23:01 | 所長の研究日誌 | Comments(2)

2011年、新年のご挨拶



皆さん、あけましておめでとうございます (o゚▽゚)o


最近、ツイッターばっかやってて、今まで以上に進みが悪いですが。
でも、mixiやるのも、youtubeにupするのも、twitterやるのも、全てはここと繋がっているので。こここそが自分のホームグラウンド。おろそかにせずやっていきます。

でも、twitter始めたおかげで、ここでやるのにも1つヒントを見つけたような。あのやり方なら毎日更新できるんじゃないかなー、なんて。

まぁともあれ、相変わらず細々と続けて行きますので、

お暇なら見に来てやってくださいまし(-ω-人) ドゾ ヨロシク


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by robita00 | 2011-01-01 22:04 | 所長の研究日誌 | Comments(4)

最近の息子についての幾つかのこと。



今日はウチの坊主がらみのお話を幾つか。


*   *   *   *   *   *   *   *   * 

その1。

先日、息子と少しお散歩に出かけたときのこと。
家から少し離れたところまで行くと、周りいっぱいに四つ葉のクローバーがある場所になって。そこで息子が「四つ葉かんのん、いるかなぁ」と言い出した。
全くと言っていいほど植物に詳しくないボクですが、辺りを探しだした息子の後ろで「小学校で教わったのかな?まだまだ可愛らしいなぁ」なんて思いながらぼんやりと一緒になって探していました。
しばらく経っても見つからないらしいので、聞いてみた。

 「ねぇねぇ、四つ葉かんのんってどんな形の葉っぱなの?」

 「え?ヨツバカンノンは小人だよ」

・・・小人でした。
帰ったあと見せてもらった、息子の持っている「こびと観察入門(捕まえ方から飼い方まで)」によると、ヨツバカンノンはこれ、でした。

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「こんなんいるかっ(# ゚Д゚)!」

・・・七夕の短冊に、「舞空術を使って、空が飛べるようになりますように」って書いてるのみて、冗談かと思ってたけど・・・ウチの子、もう9歳なんですけど、大丈夫でしょうか??

*   *   *   *   *   *   *   *   * 

その2。

ボクの時代には無かったんですけど、今の子(ウチの近辺だけかな?)って、「音読」っていうのがあって。その時の課題を子供が読んで、それに親が評価をつけなきゃならないというやつで。

で、今の課題が『ちいちゃんのかげおくり』というお話なんですが、これがまた何回聴いても泣ける話で。困るんですよね、評価そっちのけになってしまうので。

普段ほとんど意識することが無いのですけど、以前『夕凪の街 桜の国』を読んだときにも強く強く思ったのですが、ホント平和な時代の平和な国に生まれてよかった。子供を戦争にやることも、戦争で亡くす事もない。今のところ、ですけど。
そんな悲しい時代が、この国にもほんの少し前にあったという事実に驚いてしまいます。

すごく短い話なんですけど、これは親であれば心が「きゅ~っ」となると思います。全文載ってるHPあるようですので、興味のある方は探してみてください。

*   *   *   *   *   *   *   *   * 

その3。

ウチの子の話ではなくなってしまうのですが、ウチの子の学校では「学級通信」というものがあって。クラスでのトピックスなど親に伝えるためのプリントとなっているのですが、そこに子供たちの書いた詩が載っていて。
で、その中の一つを見てヨメさんが一瞬不思議がったあとに大笑いしだして。それがこれ。

   バラを見ると
   むねが晴れ晴れする。
   ぼくら子どもも ほんとは
   人間のバラ。
   天が、ほら。
   あんなに晴れ晴れしている。
   ぼくらを見まもって・・・。     


一目見たとき、ボクも「ぼくらもほんとは人間の・・バラ?」とは思ったのですが。

で、ヨメさんがその後、息子の国語の教科書を持ってきて。
で、その1ページ目に詩が載っているのですが、それがこれ。

   わかばを見ると
   むねが晴れ晴れする。
   ぼくら子どもも ほんとは
   人間のわかば
   天が、ほら。
   あんなに晴れ晴れしている。
   ぼくらを見まもって・・・。     


あはははは!!!
そうか、詩を書かなければならないってことになったとき、この子は「・・・そうだ、あの詩を使えばいいんだ!」と思ったんでしょうねー。同じ植物だからそこ代えちゃえばいいんだ、って。
でも惜しいのは”わかば”っていう言葉がもう一つの意味として使われているってとこで。だから”わかば”を”バラ”に代えちゃうとやっぱり変^^

でも、そんな発想が、可愛い^^ 男の子っぽいなー。「うまくいった」と思ったかもしれないけど・・・親もプリントが配られて初めて知るわけで、ボクだったらこれみてひっくり返っちゃうなぁ。

とはいえ、ウチの子も似たようなもので。

   空には雲がうかんでいる。
   空の色は青色で
   空はすごく広い場所で
   海より広い場所。
   空は地球をおおっている。
   うちゅうはおおっていない。
   そんな空がきれいだな。     


一瞬、まぁまぁな気もしたけど、”うちゅうはおおっていない”っているかなぁ?このネガティブというかそんな一言が入っちゃうところが、まぁ子供らしいと言えばそうなんだけど・・・。

なんにしても、男の子って可愛いよなー。

*   *   *   *   *   *   *   *   * 


でも、鬼ごっこしててベランダから落下とか、送電用の鉄塔に登って18m落下したとか、マンションの屋上から屋上に飛び移ろうとして落下したとか、大体こういうことをするのって99%男の子で。それもニュース見てると中学生とかでもそんなカンジだし・・・。
男の子は幾つになってもおバカで可愛いんだけど、そういうあえて死に向かってるんじゃないかってとこが困りもの・・・。

世の中の男子諸君。くれぐれも死なないように楽しむように!親からしたらホントそんな悔しいことないからさ・・・。


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by robita00 | 2010-11-22 00:06 | 所長の研究日誌 | Comments(2)

自分のルーツを辿ってみよう、かと。


11/3、晴れ。

いや、この日付に意味があるわけではなく、たまたまこの日が休みだったからなのですが、以前からしてみようと思っていたことをこの日、やってみました。
それは、『自分のルーツを辿る』ということ。「ルーツ」っていうとちょっと言葉が違うかもなんですけど、今年40歳を迎え、高校までずっといた青春の地を約20年ぶりに訪れてみようと。ウチの坊主に「お父さんはこんなとこに通ってたんだよ~」って見せる、ってのが裏テーマでもあり。この辺はちょっと親のエゴで無理やりだけど。

小学3年生になったウチの坊主は最近親離れが少ーしずつ見えてきた。普通に誘ってノってこなかったら、妙にプライドの高いボクは2度と誘えない。チャンスは1回きり。

「お父さんさぁ、相鉄線乗りに行くんだけど一緒に行く?お父さんの小さい頃住んでた場所を探検に行くんだけど。行くなら電車も長く乗るから、DS充電しておきな」

巧みに、「相鉄線(電車好きだから)」、「探検」、「DS(最近買ってもらったけど時間制限がある)」という心くすぐるワードを入れた為か、一発でくいついてきた。よしっ。

というわけで、自分と息子の休みが重なったこの日、決行となったわけです。
ヨメさんも一緒に連れて行きたかったけど、体調不良で珍しくダウンしてたので、やむなし。


   *   *   *   *   *   *   *   *   * 


ボクが保育園から高校卒業までを過ごした、横浜市旭区、駅で言うと、相鉄線の三ツ境駅
でも、歩いて回る都合上まずはお隣の希望ヶ丘駅を下車して、希望が丘中学校へ。

さて、相鉄線に揺られながら、「中学校と駅の表記が若干異なっているんだよなー」なんて思っている間に到着。そしてびっくり。なんと、エスカレーターがついてる!昔は隣のホームに渡るのに、改札出て踏み切り渡んなきゃだったのに!


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立派になって・・・あの頃希望ヶ丘に住んでた、高校時代の大の仲良し君もさぞかし喜んでいることだろうて。
とはいえ、駅の学校側には歩いた覚えもあまりなく、少し迷いながら中学校へ。


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あぁ、苦しくも懐かしい思い出の外周。当時陸上部だったボクは、この外周を何度となく回らされたのでありました。写真よりもはるかにきついアップ&ダウン・・・。でも、まったく変わってないなー。
あ、プチ情報で、卒業生として女優の須藤理彩さんが。高校で陸上部ってことは、中学でもやってた可能性高いな。あの陸上部から女優さんが・・・。ちなみに米倉涼子さんは南希望が丘中学校卒。うーん、惜しい。

で、これが母校の正門。


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変わってないわ~。いきなり要塞みたいに変わっててもヤだけど。
OBなんですけど・・・入ってもいいですか?子供連れなんで、怪しくないっす。


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そだった、そだった、こんなカンジだったわ~。2コ上の先輩が消火器噴射してこの辺に白煙まき散らしてたわ~。で、階段下りてグラウンドだったわ~。
・・・あれ、でも正面、ネットの向こう側、林みたいだったのに伐採されちゃったのかぁ。ちょっと景色が違うなぁ。


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そうそう、2つの校舎が向かい合ってて、間に柔道場があったのだったな。
と、こんなカンジで中学校訪問は終了。

で、中学校時代の思い出として強く残っているのは、みんなのお馴染み弘文堂。文具も部活帰りのチェリオも、皆ここで買ったのだ。


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と思ったら!・・・ツブれてる?のか?
毎年入れ替わり立ち代りお得意さんがやってくるこの立地条件は、超安定物件だと思ったけど。
なんか悲しい・・・って、勝手に見た目で判断しちゃって、やってたらゴメンナサイだけど。

で、この後は15分ほど歩いて以前住んでいた場所へ。もうよそのお宅なので写真は撮らなかったけど、相変わらず同じ方が住んでいてくれてるようで、なんだかウレシイ。

しかし、道は変わりようが無いけど、その周囲はやはり微妙に記憶とは違う。
特に家の周辺は少しだけミニチュアになってる世界に来たみたいで。「あの角まであんな短かった!?」「あの坂、短かっ!」など。もう少し広い町だと思ったけど、イメージとは違うなー。

で、次は6年間通いました笹野台小学校へ。


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うーん、懐かしくもあんまし変わってない。けど・・・笹の葉ランド(というアスレチックがボクが在籍の頃に出来たのです)がなくなってる。裏に移ったんだっけ?

そして、最後は、"ヤッホ、ヤッホ、ランランランランラン"の瀬谷高校へ。これ、校歌の一部なんですけど、もし甲子園に行ってこれ流れたらどんなんかなーって思ってました。行かなかったけど。
プチ情報として、モー娘。の矢口さんが在籍していたとかいなかったとか。同学年にもなかなかに有名な女優さんがいたんだよなー。

さて、その道中での一枚。


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前はここ、どぶ川が流れてて、よくザリガニ釣ったのになー。
ちなみに写っているのは今回無理矢理連れて来られた息子。楽しみにしていたDSは最初の電車の段階で酔ってしまいやむなくしまわれてます。代わりに、ボクの嫌いな『ウチの三姉妹』を読みながら、文句言わずずっとついて来てくれたのでした。

それにしても、ホントにここいらはアップダウンが激しい。分かってはいたけど、やっぱ忘れてた。よく毎日自転車通学してたなぁ。


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荏原グラウンド。だったはずだけど、名前変わった?
毎年ここで夏祭りが開かれていた。「次の日の朝にグラウンド行くと、お金がいっぱい落ちてるんだぜー」って言われたけど、結局一度も行けなかった。起きれなくて。

ウチから高校に行くのに、市民の森っつーのをつっきって行ったりしたのですが、息子がそのルートを行きたがったので久しぶりに通ってみました。


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どんぐりなぞ拾ってますが、入ってすぐにウチの子怖がってました。って、正直ボクも怖かった・・・。こんな道なき道を行くカンジだったっけ??

で、突き抜けると、そこはもう我が母校。


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おじゃましまーす。OBっす!って、ホントはダメか・・・ゴメンナサイ。


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おおっ、懐かしい。コートに向かう階段。うがいするフリして、少しずつ水飲んだなぁ。


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部室へ向かう道、と、ここに顧問の車が止まっているかどうかで今日が天国か地獄かが分かる場所。懐かしすぎる。


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最後はお隣のあずまの幼稚園も撮ってみたりして。
もう、卒業してから22年も経つとは・・・シンジラレナーイ。

最後は16年間いつも温かく見守ってくれた、三ツ境駅を。


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小さい頃、チーズドックを食べに行き、ランボルギーニーミウラに乗って写真を撮ったサンコーや、忠実屋二ツ橋保育園三ツ境幼稚園もどうなってるか見たかったけど・・・時間切れ。
これにて終了、となりました。


   *   *   *   *   *   *   *   *   * 


特に感慨は無かった様子(当たり前だけど)の息子はともかく、今回のルーツ巡りでボクが何を得たのかというと・・・とりあえず風邪ひきました。のど、チョー痛い。うぅ。

まぁ、その答えは風の中さ、とディランも言っているので。
よくわかんないけど、いつか分かる、かな?



それじゃあ、見に来てくれた方どうもありがとう!

o ̄_ ̄o)人 なますて~

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by robita00 | 2010-11-07 02:27 | 所長の研究日誌 | Comments(4)

おぉっ!

年始の挨拶とか、去年の発表とか、用意してるんですけど・・・

それよりなにより、これだわ。
わー、あの頃行けなかった者としては、チャンス、なのか・・・。


で、去年から書き途中の記事らはそのうち出します・・・遅っ。


※あ、でも、今みたら全然ニュースとしては遅かった。昼ごろのニュースなのね・・・
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by robita00 | 2010-01-20 00:21 | 所長の研究日誌 | Comments(2)