【本日の研究】 『終末のフール』

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本日の研材、

『終末のフール』   
      伊坂 幸太郎







   世界が終わる前の、叫びとため息。8つの物語。

舞台は、この作者お得意の仙台、そこに建つとあるマンション。
そして、「8年後には小惑星が地球に衝突して世界が終わる」、と発表されて5年が経った頃の設定です。

地球の終わりが残り3年となった時、人は何を想い、そして何をするのか。同じマンションに住む8組の住人たちの物語。当然、各々の物語は微妙に交わるといった連作形式となってます。

会社でイヤなことがあった時読み始めたんですよね~。で、読み始めて3分ほどで、既に気分はほぼすっきりしていた。「世界はあと少しで終わる」。それはこの話の設定のようなものでも、病気でも、事故でも何でもアリなんですが、実際だってそうですよね?いつ死ぬかなんて誰も想像もしてないけど、ほんのちょっと先の話かもしれない。そんな危うく脆いもんです。ホント。

とにかくそう思ったらその時のヤなこと、全部それで許せた。許せたっていうと何か偉そうだけど、何かこう、そんなことはホント些細な事だと思えたんでしょうね。「んなのどうでもいいや」、と。生き死にに比べたら、ほとんどの事がちっぽけだ。


自分も数年前、「ちょっと臓器に瘤ができていて、これが悪いものなのかそうでないものか分からないので、紹介状書きますから大きな病院で診てもらって下さい」って言われた時、それまで「幸せな人生、いつ終わっても悔いないな」って本当に思っていたにも拘らず、かなりのショックを受けたことを思い出します。ちょうどその頃、ウチの坊主もまだ喋れない頃で、「せめて”おとーさん”と呼ばれるまでは生かして欲しい」等と普段しないお祈りまでしたりして。

ボクは「死」というものを思うとき、いつも小学生の時に読んだ『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』の事を思い出します。
先日ドラマでもやっていましたが、これは医師の手記を基にした作品で、悪性の腫瘍により、妻や幼い我が子、そして妻のお腹に宿る子を残して、たった32歳で逝かなければならなかった医師の、「苦悩」、というか「悔しさ」がひしひしと伝わるものでした。

その中の一節で、余命が残り少ない事を知らされた日の主人公が、その病院からの帰り道、不思議な事に目に映る一つ一つが輝いて見えたと書かれた部分がありました。何をみても世界を構成する全てのものが輝いて見えた、と。
ボクも、先の話の帰り道、同様に感じられたのを思い出すのです。
そんな時、人は、自分を囲む全てのものが不意に愛おしく感じられるのかもしれない。そして、死に行く自分と反対に、周囲に溢れる生命を感じ、改めてそれらを眩しく感じるものなのかも。

結局、ボクのは何でもなかったんですけどね。だからまた以前のように、些細な事に振り回され、「生きている」ことのありがたみを忘れてしまっているわけですが・・・ダメだなぁ。
いつ死んでも悔いの無いように生きているつもりではあるんですが、実際うろたえるようではそうじゃなかった、ってことですよね?今作の登場人物、キックボクサーである苗場の、

   「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?
    あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」


という言葉をいつも胸にしまっておかないと。


いつものように途中話が逸れましたが、結局この作品はどうだったのかというと、設定はちょうど今の気分に合っていたし、「さすが伊坂!」と思う箇所もありましたが、ウチとしては「ベスト」ではなかったかな?

ただ、この研究発表のためにさらっと再度読んでみたんですが、2回読むと、「あぁ、あれとこれとが繋がってたんだなぁ」、ってさらにわかって2度楽しめるので、その辺は加算点。

忘れないうちに読み終えたばかりの作品の研究を発表しよう、ということで読んだばかりのを先に出したんですが、おかげで既に読み終わった5冊の内容は更に更に忘却の彼方・・・。


当ラボの研究結果は、ロビタ2号のラボの<novel - '06>の方にUPしておきます。
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by robita00 | 2006-07-30 11:14 | ┗ novel - '06 | Comments(0)