東日本大震災のこと


まだまだ被災地の方には物資もガソリン・灯油も水も電気も行き渡っておらず、こちらでも計画停電が行われている状況ではあります。ヨメさんの実家が宮城ということもあり、山側で酷くはないものの少なからず被害を受け、またこのネットの世界でも知り合いになった方が一旦は無事の書き込みはあったものの、その後のアクションが無いので大丈夫なのか心配なところ・・・

と、書いている今も、震度5強の余震が3回も東北・北関東で起こり、こちらも揺れていますが・・・

そういった状況の中、自分を含めたウチの家族も、募金や節電や無駄な買占めをしないなど、ホントやってる「つもり」レベルではありますが行っています。

で、ブログやtwitterも控えていましたが、一旦通常運転に戻そうかな、と。もちろん、まだまだ原発の問題だってあったり上で書いたように問題も依然残ったままなので回復というには程遠い状況であるのですが、それでも少しずつ、ホントに少しずつではあるけれど状況は改善していて。
節電などは継続してやりますが、そういった意識を持ちながら少しずつね、戻していこうかと。

ま、自分のやってることなど小さ過ぎなので、普通にしようがしまいが変わりないといえばそうなのだけれど、その小さな集合が今の大きな流れを作っているわけですからね、侮ってはいけません。


で、まずは備忘録というか今後のためにも、今回の地震で起こった自分の周りのことを記しておこうと思います。


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3/11。
地震当日はたまたま休みで家におりまして。twitterなんかやりながらヨメさんと家にいました。
ちょっともう記憶がとんでますが、「ドーン!」という縦揺れでなく、横揺れから始まったような記憶・・・。ヨメさんがパニックになりながら玄関扉を開けに行く中、ボクはCD棚を押さえながら「デカイね!机の下に隠れて!」って言ってたような・・・「すごい落ち着いてたね~」って後から言われたけど、こう考えると自分も結構パニックだったのだ。お前こそCD棚押さえてないで隠れろって。ホントに揺れたらあんなの押さえられないって。

一旦やんだので外に出ると、マンションの同じフロアで家にいた人はみんな出てきてて。「デカかったですね!」「怖い!」と言う声の中、ニュースではこちらが震度5強だったことに加え、「震源は東北」とのアナウンスが。こっちで震度5強だったのに、じゃああっちはどんなだったのかと震撼。ヨメさんの実家が宮城ということもあり、慌てて電話するも全く通じず。何度か余震もあり、小学校に行っている息子も心配だったりして、歩いて5分の学校に見に行こうかどうしようかとぼんやり途中の駅前まで歩いていたところでまた大きな地震!外にいてあんなに地震を感じるとは!ってほど。駅前の10mほどのオブジェが倒れてくるんじゃないかと思うくらい揺れ、隣に止まっていた保育園のバスもめちゃくちゃ揺れてた。

収まった後、「これはマズイな!」って学校に慌てて向かう。途中、会社からも人が出てきたり、駅のスポーツクラブからもガウンに身をまとった人がわらわらと出てきて、避難所にもなっている小学校に一緒に向かう。
全くの偶然にも、集団下校をする予定だった子供達は既に外に出ていて校庭中央に集合、防災頭巾をかぶりしゃがんでいて、その後方に避難してきた人たちがいる状況。すぐに3年生のところを探すと息子もこちらを見つけて手を振っていた。良かった、無事で。って、避難場所に指定されてるくらいだから、古い校舎とはいえ地震に備え補強もされているここが1番安全か。

学校側も30分ほど様子を見た後、集団下校ではなく、アナウンスをして父兄がそれぞれ連れて帰ることに。家着のまま出てきたボクは2人を置いて家に帰るのも心配だったので、寒さに震えながらもその時を待つことに。スポーツクラブから出てきた人の中にはシャンプーの途中で出された人もいて、多分その人とボクは風邪ひいた。
でも、その待っている間に、通話は出来なかったものの宮城のお義父さんから無事のメールが届き、まずは一安心。

しかし・・・家に帰ってニュースをずっと見ていると本当に「未曾有の」大惨事だったことが次々と。阪神淡路大震災の時の衝撃は今でも当然憶えてる。1,000人単位で死亡者が増えていく事に戦慄し、まるで空爆に遭ったかのような街の風景に驚愕。火災によって被害があれほどまでに広がった事は皆の心に確実に残ったはずで、その経験が次に活かされるであろう事から、これ以上の大惨事は生きている内には無いであろうと確信していたが・・・

ただの地震であったならこれほどの事は無かったはずで。火災についても時間帯を考えればあの震災以上の被害はあるはずがない、と思っていたけれど。亡くなった方は既に今の時点で阪神淡路大震災を超えてしまっている。建物の下で助けを待つことの出来た人たちがいたとしても、その空間全てを水が覆ってしまった。

津波。
いつも地震の後、津波警報が出ても「って言っても、到達しても30cmとかでしょ?」って思ってた。ちょっと前にスマトラ沖地震で津波の大きな被害を聞いていたのにもかかわらず。
昔の日本にもそういった津波の被害はあって、当然その対策もされているので、今は津波での被害は無いって勝手に思ってた。でもそれはナメ過ぎだった。
幾つもの映像でみた今回の津波は、今まで自分が想像していた「30cmの津波」でも「映画のようなビッグウエーブのような津波」でもなく、ただただ圧倒的な力を持った水の塊でした。堤防をまるで巨大なバスタブからお湯を溢れさせたような感覚で乗り越え、まるでゴミのように車や家を流していくその圧倒的なパワーは、ボクに「ウソでしょ・・・?」を連発させました。

「街が壊滅状態」。夜に流れたその想像もできないような大げさと思える情報は、明るくなって街が見えるようになると、全く、1mmも盛ることの無い、正確な情報であったことを認識させたのでした。

それに比べれば全くどうでもいいくらいの話ですが、都内では電車がストップ、出勤していた会社のメンバーも研修や営業で都心に出向いていたも、帰宅には何キロも歩いて帰ったとの事。関東では供給電力が不足し大規模停電の可能性があるため、計画停電という施策を行わなければならないほどの状態になっています。

そして、原子力発電所における事故。多分、これが1番世界的にも大きなことなんでしょう。
でも、ボクにとっては今のところ、地震や津波での衝撃が強すぎてそこには意識が強く向いていないというのが正直なとこで。
ただ、そこで頑張ってくれている東電の方、自衛隊、消防隊、警察の方々には本当に頭が下がる。正に身を投げ打って日本という国のために、この国に生活する全ての人のために頑張ってくれているのだ。彼らにこそ、最大の支援をすべきですね。ホント。


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ちなみに、ヨメさんの実家周辺は、やはり電気、ガス、水が止まってしまったようなのですが、プロパンガスだったことで、都市ガスが止まっても食事などは作れたようで。それに今回は水も出なかったので関係はないのですが、お風呂も薪など燃やして沸かすお風呂だということを考えると、古い生活っていざというとき強い!
もちろんそれだけでは厳しいと思うけど、バランスですかね。例えばオール電化の家とかって、こういう時キビシイ?とか思っちゃうし。

とりあえず、憶えてるの忘れないようにって書き(打ち)連ねたので、とりとめもなくなってしまいましたが、ここからの復興を、国を挙げて取り組む、そのことの一助となれるよう、ボクも引き続き出来る事を出来るだけやっていこうと思っています。


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by robita00 | 2011-03-23 09:02 | 所長の研究日誌 | Comments(3)

Commented by ちゃや at 2011-03-23 12:07 x
ろびさん、こんにちは。
東京も震源から距離があるはずなのに、震度5。
阪神・淡路大震災のとき、200キロ程度の名古屋でも震度3だったのに。 (縦揺れだったので、実感としては余裕で震度3以上だったけど) 今回の地震のすごさがわかります。ロビさんも怖い思いをしたんだね。でも、少なくとも家族3人がすぐ一緒になれてよかった。 息子君もお父さんとお母さんがそろって迎えに来てくれてさぞ安心したことでしょう。 今回の被災地では家族が離れ離れのまま被害にあってという人が多くて、家族が一緒でも辛いのに家族の安否もわからないままなんて、想像もつかない苦しさだと思います・・・・。 今日も、日本のチャンネルで、気丈に振舞っている子供たちを見て胸が痛くなりました。

アメリカでも日本の地震・津波の被災地について毎日大きく取り上げているけど、ある時期から原発の方が比重が大きくなりました。 原発は今もトップニュースです。 私が日本のチャンネルのNHKで見た事そのまま、CNNのゴールデンタイムで報道されてるという感じ。 あるいはもう少し詳しく。
Commented by ちゃや at 2011-03-23 12:08 x
私はいっとき原発の事が一日中心配で心配で何をしていても手につかないという感じでした。チェルノブイリのような大惨事にはならないと言われているけれど、本当にこのまま何とか収束に向かってくれる事を祈るばかり。 東京も計画停電などまだまだ大変だと思うけど頑張ってください!
Commented by robita00 at 2011-03-23 14:10
ちゃやさんもブログで書いてたもんね~。やっぱり遠くアメリカでも大きなニュースだよね~。
そうか、ちゃやさんは阪神の時に少し感じてるんだよね~。ボクはあの頃は全く遠い場所のように感じていたけど、今回はお義父さん、お義母さんの事もあったし、より身近に感じた。いや、でも全然だよそんなの、って言われればそれまでなくらいだけど。

悲しいよね~。ビートたけしが、「2万人が亡くなった1つの事件でなく、1人が亡くなった事件が2万件あったという事」と言っているらしいけど、まさにそういうことだよね~。2万分の1では無い、と。

原発はね、必死で頑張ってくれている人たちがいるから。ホント、その人たちのためにも良い方向に向かって欲しい!

東京の大変さは全然だけど、でも、東京で被災地を想っている人はホント沢山沢山いて、その想いは計り知れないほどで、ボクは日本人に生まれて良かったと思っているよ~^^